祖母の勧めで宅地内に住む東京愛吟同好会会長田村天心先生について詩吟を習い始めたのは昭和42年20歳頃からである。自宅から10分かけて毎週日曜日午前中に伺って、稽古をつけて頂いた。サイン帳に墨で漢詩を書いて持って行くと、赤ボールペンで吟じ方を示す符牒をつけてくれた。そして、おもむろに台所から一升瓶を出して、コップ一杯の日本酒を飲み干すとカセットテープレコーダーのマイクを持って、模範を吟じてくれた。今でもそのテープを通勤自動車の中で聞いているが、出だしが4本という音程であり、女性と同じくらい高く男性でこれほど高い声はなかなかでない。筆者も努力したが、声が裏返ってしまい無理であった。結局あきらめて1本かせいぜい2本で吟じている。
稽古に華やかな60歳位の女性が同席することがあった。杉並区で歯科を開業されていた杉原八重子先生である。和歌や短歌の朗詠が得意で、田村天心先生が昭和48年6月4日に奉納吟のため訪れた塩竃神社付近で客死された後、天心流の二代目を襲名された。杉浦八重子先生が平成4年4月11日に90歳で亡くなられた後を筆者が継いで、今は町田市と港区で日本酒と料理を楽しみながら吟じる会を定期的に開いている。日本酒を飲むのが目的のような会で、上達が遅いのは日本酒のせいと反省している。
世田谷区吟詠道連盟は、毎年2回大会を開いているが、吟じる前に適量の日本酒を飲むとよい声がでる。これは天心流の伝統である。問題は飲むタイミングと量で、余り早く飲むと吟じる時に効果が薄れ、沢山飲みすぎると調子が崩れてしまう。日本酒の処方箋も吟芸のうちと言っているようでは益々上達が覚束ない。それでも今年10詩を録音したCDを製作し、知人に配っている。今のところ「伴奏の琴と尺八がよい」とか、「寝る前に聞くと熟睡できる」と評判(?)はよい。自分で聞くと物足りず、日本酒を飲まずに録音したからだと言い訳している。日本酒はそれほど良薬であり魔物である。
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