このわた、鮒寿司、カラスミ、酒盗・・・、日本酒を片手に、これらのつまみを口にした至福の一瞬は何物にも代え難い。思い出しただけでも涎が出る。
しかもその上日本酒には、他の酒では味わえぬ至高のひとときがある。
「銘酊」だ。
何とも言えない良い気分。自分のまわりにふわふわとした春風がまとわりつき、どこかやさしい場所に運び去ってくれるようなあの感覚は、日本酒にしかないものだと思う。
他の酒だと、だんだん酔って気分は良くなるものの、あっという間にその境目を越えて泥酔の域に足を踏み入れてしまう。
「銘酊」こそは、日本酒でしか味わえない、日本人にしか理解できない感覚なのではないかと思っている。
しかしそれなのに、私はどの酒よりも日本酒が苦手である。どうにも止まらず眠くなってしまうのだ。
大事なお客様の宴席でも、差しつ差されつ盃を重ねるうちに、ご飯と漬物が出た頃にはもう、うとうとと舟を漕いでしまう。
「三津五郎さんがお疲れのようだから、そろそろお開きにしましょうか」と言われることもしばしば。それどころかちょっと度を過ぎると、そのまま正体もなく2〜3時間寝てしまう。
しかし目覚めてみると、ここにまた、日本酒でしか味わえない日本一の味を味わえる瞬間が訪れる。
「酔いざめの水」だ。
この水は甘露とも呼ばれ、これが同じ水かと思えるほど本当に旨い。
歌舞伎の「め組の喧嘩」で主人公の辰五郎が酔いざめの水を飲んで、「下戸の知らねぇ、旨え味だなぁ・・・」と深く呟くセリフは、この芝居の大事な聞かせどころだが、私は深い共感を抱きながら演じている。
日本酒が苦手な私が、苦手と知りながらも盃を傾けるのは、「銘酊」を味わい、甘露と呼ばれる「酔いざめ水」の美味しさを味わうためでもあるのだ。
川を隔てた桃源郷への綱渡りにも似た気持ちで、今日も私は日本酒の盃を傾けている。
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