職業を尋ねられたら、「旅人」と答えたくなるくらい、農と食をテーマに日本全国を訪ね歩いて45年がたちました。それらの旅の大きな楽しみのひとつに、現地の人々とともに、その地に昔から伝わる郷土食・伝統食を味わうこと、そして土地の地酒をいただくことがあります。
スローフードという言葉が普及するにつれ、郷土食や伝統食に対しての理解も少しずつ、深まってきました。これらは、単なる料理ではなく、その土地の文化そのものといっていいものです。地方の風土に根ざした固有の在来種などの食材を使い、長い年月、その土地の人々の体と心を育み、健康を守ってきたものであるからです。
郷土食・伝統食を見直し、次世代に伝えるということは、そのままでは消えていく可能性のある伝統的な食材そのものや調理法を守るということ。同時に、それぞれの土地に伝わる個性的な文化を尊重し、育てていくことにもつながるのではないでしょうか。
でも、土地の人と地酒をいただくとき、私はもっと素朴な思いにとらわれます。「しみじみ美味しい。みんなでいただくと、さらに楽しい。お国なまりもそれぞれの旨みをひきたててくれるかのよう」と心の深いところから嬉しくなってしまうのです。それは食を、酒をともにすることで、人との垣根が一瞬にしてとりはらわれる喜びからくるものでしょう。日本酒は古来、神様からのお下がりとしてのお酒でした。三々九度の杯、別れの杯など、人生の節目に登場する日本酒は、人と人の絆をつなぐものでもあり、それが私たちの体と心の中にしっかりと刻まれているという感じがします。
米と水で作られる日本酒は生まれた風土により味わいが違います。様々な歴史と文化の背景を持つ、ヴァラエティ豊かな日本酒もまた、郷土食・伝統食とともに守りつながれますようにと、願っています。
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