歌舞伎の狂言の中に人形浄瑠璃から写した、欲にデンデン物と呼ばれる演目がある。義太夫節にのって喜怒哀楽の激しい物語が展開していく、現在の歌舞伎にとって無くてはならないジャンルの一つである。
しかし現代でこの義太夫狂言を書ける作家は大変少ない。そこで私はなんとか現代の義太夫狂言が創れないものかと思い、滝口康彦先生原作の「拝領妻始末」を「上意討ち」という外題で舞台化された、榎本滋民先生に電話をかけた。
榎本先生の「上意討ち」を義太夫狂言に書き直せないかと相談したが、自分は義太夫狂言を書いた事が無いから無理だと断られた。それでも一度お目に掛ってお話がしたいと食い下がると、それなら何処かで食事をしながら話しましょうとなり、「先生は何がお好きか」と尋ねると「すしに限るよ」との答えだったので、京王プラザにある久兵衛で会うことになった。
話しがあるのでカウンターでなく、テーブルに向かい合いに座った。先生はまず、ぬる燗を注文し、中トロを一貫だけたのんだ。銚子をかたむけながら、
「君ねぇ、こうしてチビリチビリとやりながら旨いすしを喰う、こんな幸せなことは無いと思わないか」
と、何んとも旨そうに口に運んでゆっくりと味わう姿は、日本文化を満喫していた。
千載一遇のチャンスを得て芝居の話しに入っていった。色々の話を重ね、ついに先生の口から快諾とまではいかないが、挑戦しようとの返答を得た。話が盛り上がり、何本目かの銚子を注文し、乾杯をした。
一年後「鶴賀松千歳泰平」という外題で、上演することが出来た。
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