ロンドンから車で2時間ばかり走ると緑濃く素朴な村の風景が広がっている。いとこがイギリス人と結婚することになり、私たちはストック村に来ていた。ホテルのライブラリーを式場にしつらえたシンプルだけれどもとても温かい結婚式の後は日本と同じように親族や友人たちと共にパーティーが開かれる。
グラスに注がれたシャンパンの泡を眺めながら私たちはにこやかに乾杯をした。きらめくグラスを高らかに持ち上げる時の一瞬の高揚感はシャンパンならではだ。とふとテーブルを見ると何とそこにはとっくりとおちょこが置かれているではないか。さすがに銘柄までは分からないが新郎側のイギリス人たちも「SAKE」「SAKE」と口々に言い、私に飲まないのかといって親切にもすすめてくれる。日本では酒というとアルコール類全般を指すが、英語での「SAKE」はまさしく日本酒のことなのだ。それにしてもいったいどこで日本酒を手に入れたのだろう。もちろんロンドンには日本の食材も売られているがパーティーの時に日本酒を用意するなどという発想はきっとこれまでの彼らの頭にはなかっただろう。またおそらくイギリスの田舎にあるこのホテルにやってきて日本酒を注文する客もほとんどいないだろう。それはきっと日本からやってくる花嫁と私たちのために特別に用意してくれたものに違いない。とっくりとおちょこ、そして並々と注がれたSAKEは彼らのやさしい気持ちのあらわれだ。
考えてみるとアルコールほどその国の歴史・風土を端的にあらわしてくれる分かりやすいものはない。ワインは硬水という条件の下、ぶどうが豊富に取れる国で飲まれ、日本酒は軟水に十二分に恵まれ、米作で生きてきた日本だからこそ生まれ育まれた。人の日々の営みの中で独自の文化が生まれ世界が多彩になる。とっくりからうずまき模様のおちょこに互いに注ぎ合いながら私たちは改めて乾杯をする。互いの文化を尊重しそしてこうやって思いやってくれたことをかみしめながら。一杯のSAKEが違う大陸でこれまで生きてきた人と人とをこんなに簡単に、こんなに自然に結び付けていく。 |