〜日本文化のルネッサンスをめざす〜日本酒で乾杯推進会議
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小泉武夫氏小泉武夫(こいずみ たけお)氏
1943年福島県の酒造家に生まれる。現在、東京農業大学教授、鹿児島大学客員教授、広島大学客員教授、農水省政策研究所客員研究員等勤める。 農学博士。著書は『食と日本人の知恵』、『酒の話』、『発酵』、『日本酒ルネッサンス』、『食の世界遺産』など単著で101冊を数える。現在、日本経済新聞にエッセイ『食あれば楽あり』を16年にわたり連載中。江戸の酒と人間模様を描いた小説も書く作家でもある。趣味は江戸料理。

結婚式の盃事
 

 今からずっと前に、東北で造り酒屋をしている知人の子息が結婚するというので、その披露宴に招かれたことがあった。さすが日本を代表する地酒の産地だけあって、鏡開きから始まって披露宴、それに続く二次会、三次会では、これでもかこれでもかというほどの酒攻めにあって、翌朝はボーッとしてホテルのベッドで目を覚ました。「結婚式に酒は付き物」とはよくいうが、おおよそ酒の入らない日本の結婚式は、特殊な例を除けば皆無といっていいのかもしれない。

 調べてみると、誕生から節句、成人式、結婚、厄払い、葬儀といった人生儀礼の中で、日本酒が最も頻繁に登場してくるのは、昔から断然、婚姻関係の儀礼である。今はそのしきたりは少なくなったが、婚姻に関する盃事は、それを実によく物語っている。それほど日本酒は、日本人のための民族の酒なのだ。
 一般に多い嫁入り婚の場合、恋愛結婚以外はまず見合いから始まり、たいがいは本人や双方の親が、配偶者として迎えてもよい相手であると承認した段階で見合いとなった。そしてなるべく早い吉日に「決め酒」と称する結婚成立の儀式を行う。その実質的仲介者が仲人で、決め酒には仲人が立ち会った。
 とにかく、この婚約成立で交わされる手締めの酒についての呼び方は全国的に非常に多く、「固めの酒」、「口合わせの酒」、「決まり酒」、「定め酒」、「釘(くぎ)酒」、「根切り酒」、「手打ち酒」など二十を超す。そして花嫁が育った家をいよいよ後にする時には、再び家に戻らないようにとそれまで愛用していた茶碗や皿を割ったりした後、お立ち酒の盃事をするところも多かった。

 また夫方の家に入る時には、台所口から入ったり、尻をみなから軽く打たれたりした後、「門盃」とか、「敷居の盃」と呼ばれる盃事が執り行われたりした。
 夫方の家に嫁が入り、そこで行われる盃事の中心は、新郎と新婦の「夫婦盃」と、新郎の両親と嫁との「親子盃」といった固めの盃で、三を吉数とし、三を重ねためでたい縁起として、三つの組の重ね盃で、三度ずつ三回盃を献酬した。つまり三々九度献である。

 披露宴に移る前に、参列者一同に盃が右回りに回され、次にその盃で婿の両親と嫁の間で「親子名乗りの盃」が執り行われると、いよいよ披露宴の宴となった。
 その後はだいたいが夜を徹しての祝宴が張られたわけで、酒宴が終わって客が帰る際も、退出する嫁側の同行者には草鞋酒と称して、大きな盃で二杯以上の酒を飲ませたりした。こうしたことを見ると、今日の婚姻の儀式は実に簡素なものとなった。それでいいのかもしれないが、これからまだまだ先の長い人生なのだから、新しい夫婦は手に持つ盃の意味をくみながら、日本酒と上手に付き合ってほしいものだ。

 
 
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