〜日本文化のルネッサンスをめざす〜日本酒で乾杯推進会議
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100人委員会コラム
松野昂士氏松野昂士(まつの たかし)氏
1943年生まれ。北里大学教授。理学博士。専門はバイオセラミックス、無機合成、複合微粒子。主著に『微粒子設計』(分担執筆、工業調査会)、『微粒子・超微粒子−目で見るそのミクロ構造』(共著、総合技術出版)、『機能性微粒子とナノマテリアルの開発』(分担執筆、フロンティア出版)、『実用表面改質技術総覧』(編集・分担執筆、産業技術サービスセンター)、『図説造粒−粒の世界あれこれ』(分担執筆、日刊工業新聞社)、『生命科学のための基礎化学−無機物理化学編』(共訳、丸善)など。

日本酒を楽しむ会と乾杯
 

 私が勤務している大学の傍にある小料理屋の一室に10数名の男達が集まった。週末の夕刻のことであった。野心に満ち目を血走らせた若い男もいれば、人生の豊富な経験の澱を表情にたっぷりと沈着させた初老の男もいた。その部屋の中は居た堪れないような悪臭に満ちていた。
 緊張した雰囲気の中で、男達は、強烈な臭いに顔を歪めながら、意味深長な目配せをした。男達は臭いのもとが何であるかを知っていたし、自分たちが机の上に横たわっている「それ」をこれからどうしなければならないかもよく理解していた。すなわち、恐ろしいことに「それ」を口に含み、しかも噛み潰して飲み込まなければならないことを知っていた。誰かが「○○!」と言うと、男達は口々に同じ言葉を発し、小さな容器に入れられた「無色透明に見える液体」を深刻な顔をして一気に口中に流し込み、飲み込んだ。「○○!」という呪い(まじない)のような言葉によって、この集団には一瞬にして一体感・仲間意識が醸成され、「それ」に対する恐怖が少し和らいだように男達は感じた。
 いよいよ「それ」を口中に移動させる瞬間が来た。緊張のためまだ顔が強張っている男達を嘲笑うかのように、「それ」は表情一つ変えずに待っていた。

 上記は約25年前の出来事である。医学部教員を中心に自然発生的に始まった「日本酒を楽しむ会」の一場面である。当時医学部に所属していた私も早い時期から仲間に加わっていた。
 「それ」は鮒寿しで、「無色透明に見える液体」は勿論日本酒である。また、「○○!」は「乾杯!」である。鮒寿しは、その日の世話役であった私が琵琶湖近くの鮒寿し専門店から取り寄せた大振りの逸品で、鮮やかなオレンジ色の卵がこれでもかと詰まっているものだった。
 上の思わせ振りな文章の続きを書いておこう。臭いに困惑しながら恐る恐る箸を伸ばした日本酒好きの男達は、鮒寿しが日本酒に最適の素晴らしい旨味を持っていることを知り、次からは大胆に口に放り込んでは酒を呷り(あおり)、和気藹藹(わきあいあい)と酒、料理、教育、研究、趣味、人生等について語り合い楽しい一時を過ごした。これで終わり、ハッピーエンドである。

   「乾杯!」という言葉は、不思議な言葉である。上に呪い(まじない)のような言葉と書いたが、正にその通りで、この言葉によってその場の雰囲気ががらりと変わることがある。特に少人数による「乾杯!」がそうである。同じ酒と料理を共にする仲間として、更には時間と空間を共有し合う仲間として互いに認め合い、仲良くやろう、楽しくやろう、胸襟を開いて語り合おうという雰囲気が醸し出されるから不思議なのである。

 上記の会は、時が流れて自然消滅した。メンバーの多くが、更なる活躍の場所を求めて大学を去ったからである。しかし、一年ほど前に、私が現在所属している一般教育部化学研究室を中心に「日本酒を楽しむ会」が、また自然発生した。自然消滅した会のメンバー3名も加わっている。また、嫋やか(たおやか)でセンスの良い女性もメンバーになっている。それも、優雅で上品な香り・味の日本酒とその場に相応しい旬の話題を毎回提供してくれる中心メンバーとして。以前には無かったことで、喜ばしい時代の変化である。メンバーは、この会を「含酸素有機化合物研究会」とも呼んでいる。何故かと言うと、日本酒に含まれるエタノール(エチルアルコール)および味や香りの成分である有機化合物がいずれも酸素原子を含んでいるからである。これらの化合物が渾然一体となって出来ている日本酒を自らの視覚、臭覚、触覚、味覚で研究する(味わう)と同時に、エタノールが身体や意識にどのような影響を与えるかを身を以て研究する(軽い酔いを楽しむ)会という、化学研究室ならではのユーモアである。この会でも、呪い(まじない)言葉「乾杯!」を合図に、日本酒を美味しい料理や気楽な会話を肴にして楽しんでいる。機会があれば、この会の研究成果(?)について書いてみたい。

 
 
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