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100人委員会コラム
折茂肇氏折茂肇(おりも はじめ)氏
1959年東京大学医学部卒業。1986年東京大学医学部老年病学教室教授。1997年東京都老人医療センター院長就任。2003年健康科学大学学長就任。現在、(財)骨粗鬆症財団理事長、NPO日本抗加齢協会理事長、長寿科学振興財団理事を務める。専門は老年医学。主な著書は『新老年学』(東京大学出版会)、『老年病研修マニュアル』(メジカルビュー社)、『新老年学』第2版(東京大学出版会)、『心豊かに生き抜く知恵』 (三修社)、『1,100万人の骨粗鬆症』(ぎょうせい)など。

ミネルバのフクロウは日暮れに飛び立つ
 

 フクロウはギリシャ神話の女神アテネ(ミネルバ)の象徴で、学問、技芸、知恵などを司るとされていた。
 表題の言葉はドイツの有名な哲学者ヘーゲルの言葉である。私はこの言葉を聞いた瞬間に大変な感銘を受けた。なんという素晴らしい響きを持った言葉だろうか。たそがれにこそ「知恵が飛び立つ」というのだ。この言葉は、高齢社会を迎えたわが国において、これから高齢期を迎える人々にとってその進むべき道を示し、かつまた希望を与えてくれる。

 知性とは不思議なもので、年をとったからといって決して衰えるものではない。むしろ年をとることにより、より磨きがかかるものである。人間の精神的な能力は流動性能力と結晶性能力の二つに分けることができる。前者は記憶力や記銘力などであり、後者は判断力、総合力などで経験によって磨きがかかるものである。
 流動性能力は個人差はあるものの、20歳代をピークに加齢に伴って低下の一途をたどる。しかし、結晶性能力は加齢によっても殆ど変化せず、むしろ人によってはより高くなる場合がある。ここで注意しなければならないのは、結晶性能力というものは、年をとれば自然に身に付くようなものではないということである。若いときから幅広い経験を積み、勉学によって知識を蓄積して初めて培われるのであって、ただ馬齢を重ねただけで得られるようなものではない。
 高齢になるほど個人差が大きくなる。年齢を重ねることで偏見と頑固さの塊のようないわゆる「老害」といわれる人が形成されることもある。一方きわめて柔軟で優れた見識の持ち主、いわゆる「長老」といわれる人が形成されることもある。

 年をとると誰でもボケると思っている人が多いが、これはとんでもない間違いで、アルツハイマー病に代表される老年期認知症の患者さんの数は、65歳以上の高齢者の5〜6%ほどにすぎない。
 高齢者の知的能力は、若い人のそれと質的に異なる。同じ物を見ても若い時と年をとってからではまったく違った印象を受ける。また、若い時には理解できなかったことが年をとってから初めて理解できるということもしばしば経験する事実である。若い人たちは、高齢者が自分たちが見ることのできない世界を見ている可能性があるということをよく理解し、その精神的な達成に対する尊敬を失わないようにしなければならない。

 私の親しい70歳のオーストラリアの友人が、先日会ったときに面白いことを言った。“I am still 30 years old with 40 years experience”彼は冗談のつもりで言ったのだろうが、この言葉は高齢者の特徴をよく現しており、けだし名言である。
 社会にとって「知恵」を提供しうる人は、社会から必要とされることがあっても排除されることはないと思う。誰もがこのような高齢者になるよう心がけることが必要であり、社会はそれを望んでいるのではないだろうか。

 
 
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