私がお酒を飲むようになったのは昭和十四年春、大学の予科に入学、体育会ハンドボール部に入部してからである。最初は主としてビールであったが、ビールの味覚もわからず、ただがむしゃらに飲んでいた。やがて日本酒になったのは、ゼミの先輩で関西出身の上級生に時々おでん屋に誘われた時からである。食欲旺盛でおでんが目的で、お酒は食欲増進と先輩のお付き合い程度。当時灘の特級酒が一升瓶一円五十銭位で、私等は専ら二級酒で錫の大タンポ一杯が十銭ぐらいだったと憶えている。やはりビールよりも日本酒が多かった。
私の父親は専ら日本酒で、戦争中その獲得に大変苦労したそうだが、私が中国から復員してきたとき隠し持っていた特級の銘柄酒の栓を抜いてくれた。その時の感激は親の有難さと共に、日本を絶賛する喜びに満喫した。長い間中国の臭いの強い地酒を飲んでいたので、日本酒の円やかな風味は格別なものがある。
お酒はすべてその土地柄を表徴するもので、ウイスキーやブランデー、ビール更には最近流行のワイン等はその土地の風土と生産される良質の麦芽や果実を原料にして醸造されている。従って、歴史と文化のなかで工夫されてきたその土地の長い郷土食とお酒がつくられ、料理と酒が一体となって食文化が創造されている。料理が先行して進歩し、お酒がそれに随伴して改進されてきたのか、或いは酒の嗜好が向上してそれを料理が追いかけてきたのかはわからないが、何れにしてもその土地柄の料理とお酒がマッチした食覚は、土地柄でしか味覚出来ない貴重なものである。私等日本人は、この土地で採取される豊かな食材で、古代から創作され慣れ親しんできた日本食、この真価を引き立ててくれるのはやはり、古代から精錬されてきたお米中心で醸造技術に育まれた日本酒、これが一体となって独特の日本食が完成されている。即ちお酒と料理が一体となって日本の食文化が語られるのである。外来酒と日本料理では乾盃する気分にならない。やはり日本人には日本酒が最高である。 |