〜日本文化のルネッサンスをめざす〜日本酒で乾杯推進会議
HOME 乾杯のスピーチ集 日本酒からの手紙 概要 活動 コラム
コラム
100人委員会コラム
高橋竹山氏 高橋竹山(たかはし ちくざん)氏
幼少の頃に三味線に出会い、11才で稽古を始める。17才の時、津軽三味線演者の初代・高橋竹山のレコードを聴いたのがきっかけとなり、18才で竹山の内弟子となる。三味線のみならず、名人とうたわれた成田雲竹の格調高い津軽民謡も師・竹山から学びながら、高橋竹与(ちくよ)の名で師・竹山と共に舞台に立つ。内弟子生活6年を経て1979年に自立。翌1980年、初の独演会を東京・渋谷ジァン・ジァンで開く。以後、独自の演奏活動を行いながら、師・竹山について日本国内はもとより、1986年のアメリカ7都市公演、1992年のフランス・パリ公演など海外でも演奏する。1997年1月「高橋竹与」改め「二代目・高橋竹山」を襲名。襲名披露演奏会(ゲスト出演=初代・竹山)を渋谷ジァン・ジァンで開く。11月、二代目襲名から十か月にわたって二人の「竹山」の動きを追い、初代が残そうとするもの、二代目が引き継ごうとするものを描いたNHK人間ドキュメント「引き継ぐ〜津軽三味線・高橋竹山の襲名」放送。2000年2月ニューヨーク・フロム・ジャパンの招きにより、アメリカ・ワシントンDC、ニューヨークにて公演。2枚組アルバム「chikuzan」を発表。2008年10月紀尾井小ホールにて、初代竹山没後十年特別公演ドラマリーディング「高橋竹山津軽三味線ひとり旅」(主催 財団法人 新日鐵文化財団)で音楽を担当し、演奏者として出演する。2008年8年ぶりの新譜アルバム「三味線じょんから-竹山の汀へ-」を発表。
基本を大切にしながら民謡にこだわらず、様々なジャンルの演奏家たちと共演して活動の場を広げ独自の音楽表現を模索。伝統にモダンな現代感覚と女性らしい繊細さを盛り込んで、全国各地をまわり演奏活動を続ける。2009年在住の糸魚川市からジオパーク大使に任命。2010年は初代高橋竹山誕生100年でもあり、さらに円熟した演奏活動を各地で展開。
[高橋竹山official web]http://www.chikuzan.jp/index.html

日本酒に乾杯!
 

 思えば私は28才から今日に至るまで、風邪や、軽い入院を除いて、ほぼ毎日酒を飲んでいる。友人知人は、酒に強いと言うが、私に言わせれば、(と言うか、古今亭志ん生師匠がまくらで話していたが)酒の方が弱くなったんだと思う。そんな事より酒が好きです。
  他の人は、仕事の後の酒はたまらなく旨い!などと言われますが、私の場合、仕事をしようがしまいが、とにかく旨い!こんな事を言っていると、これを読まれている方々は、竹山はかなりの酒のみかと思われるかもしれませんが……でも、他の人が何を思おうとも好きな物は好きで、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、晴れようが大雪が降ろうが、旨いから仕方がないのです。
  ちょうど今は真冬ですから自宅の糸魚川市大洞の集落(三十六軒)は、雪に埋もれておりまして、雪堀りで大汗をかいた後は、冷で、体のほてりが取れれば室温を12度位に上げ熱燗で。
  我が家は築百四十年の家なので、温度が一定せず、こちらが家に合わせて生活するしかないのですが、酒の飲み方も家の言う通りにします。それが熱燗ならぬ快感と思う今日この頃なのです。ここで少し宣伝です。
「糸魚川ジオパーク音頭」を作詞、佐々木幹郎さん、作曲、小室等さんで作りました。踊りも阿利さんに作ってもらい、皆様に歌って踊っていただくべく、日夜頑張っております。どうぞよろしくお願いいたします。
 なお、7月28日(木)東京都高円寺のライブハウス「ショウボート」で踊りの阿利さんとコンサートを行います。
 また、8月5日(金)岩手県「奥州市文化会館(Zホール)」で独演会。9月3日(土)愛媛県「内子座」、同月4日(日)高知県「弁天座」両日共、舞踊の田中泯さんとのコラボレーションがあります。同月16日(金)は「大阪サンケイホールブリーゼ」で和太鼓と共演いたします。
 そして10月には「糸魚市ジオパーク音頭」の作詞者で詩人の佐々木幹郎さんと、いよいよ東北へ門付けの旅に出ます。
 詳細については、二代目高橋竹山ホームページをご覧下さい。

 
 
  < 100人委員会コラム 目次 >  
 
Copyright(c)2006 日本酒で乾杯推進会議