私の仕事は何かと尋ねられたら、「旅人です」と答えたくなるほど、旅にでることが多い日々を過ごして40年以上がたちました。子育て時代には「早く家に帰らなくては」と慌ただしい思いをすることもありましたが、4人の子どもたちがみな社会に巣立ったこともあり、ここ数年、それぞれの土地が持つ味わいを一層ゆったりと楽しみたいと、気持ちが変化してきました。と、ともに、旅のあり方も少し変わってきたように思います。
仕事で出かけるときにも、時間が許す限り、前日にその土地に入るようになったのはそれからです。そして、その空白の時間を利用して、昼ならば町や村を歩き、名所旧跡を訪ねたり。夜ならば、地元の居酒屋にふらりと立ち寄ったり。これがその町や村を理解するのにどんなに役立つことか。
この間も、新潟のある町に行ったのですが、前日の夜、ひとり、町の小さな居酒屋に入り、郷土料理と地酒を味わい、そこに集う人々のお国なまりに耳を傾けました。郷土料理と地酒は相性がいいものと決まっていますが、何を頼んでも素朴で美味しい上、ゆるりとくつろげる店でした。旅を重ねたせいもあってか、私には居心地のいい店をみつける嗅覚もあるようで、それも私のひそかな自慢なのです。
その店に集っているお客さんもいい顔をしていました。家族のこと、地域のこと、仕事のこと……たとえ悩みの類などを話していたとしても決して愚痴っぽくなったりせず、お互いを思いやりながら、しみじみ、ほっこりと、盃を重ねる……偶然、隣になった地元の人とのちょっとしたおしゃべりも心楽しく町の人たちの素顔を見、町の匂いを胸いっぱい吸い込んだような気持ちになりました。
箱根の家で気のおけない仲間や友人と囲炉裏を囲み、酒を酌み交わすのもいいものですが、知らない町で新しいお酒や人と出会うのも至福の時間。これもまた旅の、いえ人生の果実といえるのではないでしょうか。
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