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第3回 『古事記』にみる酒 古代の強酒は毒?
 
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イラスト:さとう有作

  「八塩折(やしおり)の酒」というのが『古事記』にでてくる。出雲に天降(あまくだ)った須佐之男命(すさのおのみこと)が、老夫婦の嘆きを聞く。八俣(やまた)の大蛇(おろち)が年ごとにやってきて娘をくらっていく、というのである。残るは、櫛名田姫(くしなだひめ)ただひとり。その姫をめとらせてくれたら大蛇を退治しよう、と須佐之男命が答えたのである。
  大蛇を退治するには策略が要る。大蛇に酒を飲ませ、酔いつぶれたところを切りつける、というもの。老夫婦が酒を醸(か)み、屋敷まわりの八か所に酒船を置く。その酒が、八塩折の酒なのだ。

  神代(かみよ)にもだます工面は酒が入(いり)

  『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』のなかの一句(川柳)。いいえて妙である。
  さて、その八塩折の酒とは、「強酒(こわざけ)」と解釈する。一度しぼった酒に米・麹や水などを加え、再び発酵させてまたしぼる。それを繰り返して造る強酒が想定できるのだ。
  神話だから信憑性が乏しい、ということなかれ。神々の登場は架空であるとしても、その道具だては当時の日本人の共通認識にしたがったもの、とみなくてはならない。太古の人たちも、酒の両面性は周知のことだったのだ。つまり、カミに供えて人びとも相伴する酒。これは、いうなれば「薬」となる酒。もう一方に、「毒」になる酒がある。これが、八塩折の強酒だった、とみればよかろう。
  なお、「須佐之男命の大蛇退治」は、わかりやすいかたちで神楽に伝わる。出雲・石見(島根県)、備中(岡山県)、備後(広島県)のあたりでの秋まつりの神楽で演じられている。中国山地にご旅行のときには、一度ご覧になるとよいだろう。
  蛇足ながら、「酔っぱらい」には幾通りかの俗称がある。たとえば、「酔(よ)たんぼ」という。「酔泥(よいどろ)」ともいう。「寅」ともいう。しかし、ついぞ大蛇とはいわなかった。酔ったあげく首をはねられるのでは、あまりにも縁起が悪かったからであろうか。

 

『旅行読売9月1日号』 より掲載
文:神崎宣武氏 民俗学者
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