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イラスト:さとう有作 |
「盃」をサカヅキと読む。しかし、読めと教えられたからそう読むだけで、にわかに読めるものではない。ということは、初めはもっとわかりやすい表記があったのではないか、と疑ってみてよいのだ。
『延喜式(えんぎしき)』(927年)などの古書には、「酒坏(さかつき)」という表記が見られる。これなら素直に読める。坏は、底が平らで縁が少し切り立った器。深皿型、あるいは浅鉢型の器である。
『一遍聖絵(いっぺんひじりえ)』『絵師草紙(えしのそうし)』『慕帰絵詞(ぼきえことば)』などの中世(前期)の絵巻物を見ると、食器の主流はこの坏であり、坏は須恵器(すえき:高温で焼き締められた土器)であった。出土品もそれを証明する。ちなみに、土器・須恵器だから「坏」。これが木器だと「杯」となる。 端的にいうと、古代における食器は坏。唯一の器とはいえないまでも、多目的に使われていた。飯を盛れば飯坏、汁を盛れば汁坏、そして、酒を盛れば酒坏なのである。
中世も室町時代になると、器の分化が進む。これは、漆器の発達とからんでのこと。大別すると、坏が一方で皿となり、一方で椀となった。そして、漆器での膳組を形成して、今日でいう日本料理の基礎を成したのである。
その時、漆器の平盃(ひらさかづき)も登場した。武骨な土ものから瀟洒(しょうしゃ)な塗りものへ、一大転換が生じたのである。
そこで、しかるべき席での初献(酒宴での最初の杯)は、平盃を両手でいただく作法もできた。須恵器の酒坏は、絵巻物で確かめると、片手で縁を持ってぐいっと飲むのが一般的。漆器の美しさ、口当たりの滑らかさが、酒を粛々と飲む作法をすすめることになったのであろう。
平盃を押しいただくように掲げてから静かに飲む。今は、その習慣がすっかり後退した。しかし、たまにそうしてみると、気分が妙に和むものである。そういえば、芝居のなかで「杯もて、落ちつけ」とかいう言葉もあったなあ。 |